「自由」を楽しむ。「自由」の扱い方。
どうも、【占い 和音堂】です。
今回は「自由」をテーマに書いていきます。エッセイっぽいかも。
「自由」度の高い趣味
私の趣味の一つに散歩があります。子供の頃から好きです。
公共交通機関の様に時間の縛りもなければ待ちもなく、車の様に通れない道というのも殆どない。速度だって自由です。気になったものがあればいつでも立ち止まれるし、戻ることだって簡単。他の焦った人に煽られることも少ない。
まさにオープンワールドゲームの様で「この先に何があるんだろう」と階段や坂の先に想いを馳せたり、面白いものがあったら写真を撮ったり。天気は良い方が良いですが、雨の日の散歩もそれはそれで乙なもの。
深い夜特有の「自由」
そんな自由な趣味、散歩の中でも、私が特に好きなのが夜の散歩。深い時間。
更に自由を感じます。
なんだか社会が回っている時の煩わしさから解放された様に、しっとりと静かで心地良いんです。同じ道でも朝や昼間とは全く違った表情が見られます。
誰もいません。薄暗い道を少し怖いに感じると同時に、抗い難い魔力が夜にはあります。そんな時間、私は歩いて月の光を浴びるのが大好きです。
他人の「自由」を味わうのも好き
私は名乗った通り、占いをして生活をしています。
その活動の一つとして路上鑑定があります。時間は夜、遅い時間です。
塾帰り、バイト帰りの学生さん。まだ帰りたくなくてぶらぶらしている若い人。ブラック企業に悩む残業でくたくたのサラリーマン。結婚すべきか趣味に生きるか惑うOL。
バックパッカーでこれから何をするかを考え中のフリーター。
酔っ払いや非行少年少女。
本当に色んな種類の人が来ますが、その時間になると皆昼間持っている仮面やしがらみから解放されているせいか、はたまた「占い師」という非日常の第三者と関わったせいなのか、一様に「自由」なんです。好きに自分の「世界」を話してくれます。
占っているのに、なんだか私が良い話を聴かせてもらうこともあります。
私は一種、社会から離れて客観的に自分の世界を語る彼らが大好きです。
「自由」稼業
私自身「自由」が好きで、占い師になりました。
私は好きな時間に働きます。勿論全部一人で頑張らなければなりません。
自分で動かなければ0円です。動いたって実らない日もあります。
それでも、会社にいた頃の様なしがらみ、間違っていると分かっていても従わなければならないストレスはありません。私にはそっちの方がずっと良いと思えましたし、今は実感しています。
「自由」過ぎても良くない
しかし面白いもので、ただ「自由」でいると、これはこれでいけません。
段々「世界」や「社会」が分からない頓珍漢になってしまい、自ずと相談者の気持ちが汲めなくなります。ですから、何処かで「世間」を知るチャンネルを持っておくとバランスが取れてきます。
私は占い師以外に、博物館でのアルバイトもしています。
ここでは「自由」ではありません。公的な施設ですから、身嗜みやマナーが必要です。
そのおかげで占い師としての「自由」も感じられます。
やはりバランス、なにより重要なのは「中庸」と私は思います。
最後に
自由が嫌いという人はあまりいないでしょうか。
でも「自由にしていい」と言われるとどうしていいか分からない人はいます。
「自由」になり方が分からない人も。
哲学者キルケゴールの残した言葉にこんなものがあります。
「不安とは自由のめまいである」
「自由」の扱い方は難しいものです。
しかし自分にとっての「自由」とその扱い方が分かれば、人生はずっと過ごしやすくなります。占いにはそんな活用法もあります。
ではまた。